サウジアラビアは豊富な石油資源がありサウジアラビア国民であれば、石油の恩恵を受けています。
サウジアラビアでは医療費や教育費はかかりませんし、水は1リットル60円、石油は水より安く国民は不自由ない生活を営んでいます。
そんなサウジアラビアで民主化運動をする若者たちはいるのでしょうか?
首都リヤドでの国王の決定事項
民主化とは国内の政治について民主主義の政治体制を国家が形成していくことをいいます。
日本では主権は国民にあり、重要な意思決定は、人民、民衆、国民が行い国民が最終決定権を持つということです。
国民一人一人の決定をまとめるのは難しいため組織を作り、組織の構成員の中から代表を出し国会で決定しています。
サウジアラビアでは国王が首相を兼ねており、国王がすべてを決定します。
日本では投票で決める大臣も国王が王族の中から決めるので、すべての決まりごとはサウド家によって決定されているのです。
2008年頃サウジアラビアの国王の一声であっさり決まった事項がありました。
現在、首都リヤドでは市内で嗜好品であるシーシャという水たばこは吸うことも買うことできません。
約10年前は市内のスーパーや路面店で買うことができましたが、ある日突然これらの店は閉店になりすべて砂漠近くの郊外に移転させられたのです。
これは研究機関からシーシャがたばこよりガンになる可能性が高いという研究結果が発表されたことを受け国王の決定で突然市内からシーシャショップが消えたのです。
紅海都市のジェッダや東部州のダンマン等はリヤドから離れているためこのような速やかな決定事項はされにくく宗教警察等を見ることも珍しいことです。
サウジアラビアの民主化運動
このように国王がすべての事項を決定し、ある日突然ルールが変わるサウジアラビアの若者は不満を抱かないのでしょうか?
中東で起こった民主化運動はチュニジアやエジプトなどから始まったジャスミン革命やアラブの春です。
これらは現政権に不満を持ち反政府デモが国内全土に広まり政権を倒すという民主化運動でした。
民主化運動が起きた背景は経済状態が悪かったということではなく民主化運動の中心となる若者の失業率が30%と高いということが挙げられます。
また同族、一族による利権の独占など不満が高まったということもあります。
サウジアラビアでは若者の失業率は当時のチュニジアと同じ30-40%と高いですが、国民全体が石油の恩恵を受けています。
サウジアラビア国民の医療費、教育費は無料、水、ガソリンなどは安いですし、公務員になると豊かな生活を送ることができます。
住居は結婚すれば国から支給されますし、普通に生活するために必要なものはすべて国から受け取ることができるので不満が出ないのです。
アラブの春ではアフリカ大陸のエジプト、リビア、チュニジアなどの政権が崩壊しました。
民主化運動が高まりサウジアラビアなど湾岸諸国まで迫ってきましたが民主化運動は起きなかったのは、国民の生活が安定しているからなのです。
まとめ
アフリカ大陸で始まった民主化運動であるアラブの春はツイッター等のSNS等を通じて短期間に広まり長期独裁政権は崩壊しました。
サウジアラビアの若者は現政権に不満を感じることがなく民主化運動は影響を与えませんでした。
しかし石油が枯渇する将来を見据えて経済安定と政情不安のリスクを摘み取っておかなければならないのです。